「生きづらさ」は個人の問題なのか?  ACEs研究が問い直す社会の責任とレジリエンス

この度、『大人になっても消えない重荷を抱える人のための 生きづらさの手放し方』2026年3月19日発売・和田一郎著/KADOKAWAを出版することになりました。
https://amazon.co.jp/dp/4046080078
今回は読者の皆様にその概略を説明したいと思います
和田一郎 2026.03.16
読者限定

「どうして自分は、こんなに生きづらいのだろう」

このように感じながら生きている人は決して少なくありません。仕事が長く続かない、人間関係がうまくいかない、将来に希望が持てない。理由のわからない不安や体調不良に悩まされている人もいます。

こうした苦しさを、特に日本人に多く見られますが、「自分の性格」や「努力不足」の問題として理解しようとします。しかし近年の研究は、まったく異なる視点を示しています。それが ACEs(Adverse Childhood Experiences:小児期逆境体験)という概念です。

ACEsとは、子ども時代に経験する家庭内暴力、ネグレクト、性的虐待、家族の精神疾患、依存症、離婚などの逆境体験を指します。1990年代、米国疾病対策センター(CDC)と医療機関カイザー・パーマネンテが実施した大規模研究などをきっかけに、この分野の研究は大きく進展しました。

これらの研究の結果から、子ども期の逆境体験が成人期の健康、精神状態、さらには社会経済的状況にまで長期的な影響を与える可能性があることが明らかになってきました。

つまり、生きづらさの背景には個人の性格ではなく、子ども期の環境や社会構造が関係している可能性があるのです。ここで重要なのは、ACEsが決して一部の特殊な人の問題ではないという点です。いくつかの研究によれば、人口の半数以上が何らかのACEsを経験しているとされています。

これはつまり、「生きづらさ」が少数の人の問題ではなく、社会の中に広く存在する問題であることを意味します。ところがわが国では、この問題が社会的に十分議論されているとは言い難い状況があります。ACEsは公衆衛生や当事者研究の領域で語られることはありますが、社会政策の課題として議論されることはまだ多くありません。

その背景の一つとして、日本社会の特徴とも言える「家族依存」の構造があります。わが国では子どもの養育責任の多くを家庭が担っており、問題が起きた場合も「家庭の問題」として処理されがちです。その結果、子ども期の逆境体験が社会問題として可視化されにくいという側面があります。

しかし、もし子ども時代の環境が人生に長期的な影響を与えるのであれば、それは社会全体が向き合うべき課題ではないでしょうか。では、逆境体験を持つ人はどのように回復できるのでしょうか。

ACEs研究の議論は、医学モデル、公衆衛生系の視点からだけでは、問題の深刻さを指摘するところで終わることが少なくありません。「ACEsが〇点以上になるとあなたはメンタルを病む」「あなたは〇点以上だから15年早く死ぬ」。これは医学領域としては適切なのですが、それを社会に適切に表現しないと不安になるばかりです。本当に重要なのは、その先にある問いです。

過去の逆境を経験した人が、どのように回復し、社会の中で生きていくことができるのか。

近年の研究では、その鍵として PCEs(Positive Childhood Experiences:肯定的な小児期体験)が注目されています。信頼できる大人との関係、安全なコミュニティ、社会的なつながりなど、安心できる環境があることで、人は逆境の影響を乗り越える回復力を育てることができるとされています。

そしてそれらPCEsの環境として最も重要になるのが、生活環境を整えるという視点です。

回復とは、過去の傷を消すことではありません。過去を否定することでもありません。むしろ現在の生活の中で、安心できる関係や環境を増やすことで、「傷を抱えながらも自分らしく生きられる状態」に近づいていくことです。

この視点は、個人の努力を否定するものではありません。しかし同時に、回復を個人の責任に押し付けるものでもありません。

社会がどのように回復の環境を整えるのか。また個人として何ができるのか?

その問いこそが、ACEs研究が私たちに突きつけている問題です。

生きづらさを抱える人に対して「もっと頑張れ」と言うことは簡単です。しかしそれは問題の本質を見誤っている可能性があります。必要なのは、個人を責めることではありません。

むしろ社会の側が、回復のための条件を整えることです。

ACEs研究は、私たちに次の問いを投げかけています。

生きづらさは、本当に個人の問題なのでしょうか。

それとも、社会がまだ十分に理解していない問題なのでしょうか。

それを、私は社会福祉士として表現しようと思いました。なぜならこれまで医学モデルばかりで、福祉の視点から、回復の視点からレジリエンスとしてどのように支えていくか、このような書籍がなかったのです。それはわが国だけではありません、海外を見てもACEs研究は医学モデルの視点による研究がほとんどだったからです。ですから「〇点以上だったら〇になる」という煽りだけで終わってしまうのです。そこに現場の視点や苦しむ当事者や支援者の視点がないのです。そのため、今回は、「わが国になぜ社会福祉の視点からのACEs研究をわかりやすく一般向けに書いた本がないのか?」という、出版社や編集者の問いに応えるべく、わが国で初めて社会福祉としての解決策を提示しました。

ぜひご覧いただきたく存じます。

『大人になっても消えない重荷を抱える人のための 生きづらさの手放し方』 和田一郎

 2026年3月19日発売・KADOKAWA https://amazon.co.jp/dp/4046080078

この後は、医学の中でも臨床、現場を十分に理解している方々との対話について記載します。

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