【実地調査より】なぜ他人を批判するだけの政党は敗北するのか?

「外国人問題は存在しない」
そう語る研究者や論者、政治家が、国内の政策議論において一定の影響力を持ち続けています。データを根拠にした議論は、それ自体を否定することはできません。しかし、その議論が生活者の経験を無視したり、蔑ろにするとき、「見たいものしか見ない病」による加害として、選挙の洗礼を受けることとなります。あるケースレポートの報告です。
和田一郎 2026.02.26
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