社会的責任を持つ家庭ほど、家庭内暴力のリスクを制度任せにしない。ーあるプロ野球監督の事例から
1 はじめに:家庭内暴力は「家庭の問題」だけでは終わらない
さて、プロ野球監督の事例はまだ全容が不明ですし、推測情報で持論を主張するのは科学ではないですし、それをしてしまうとインプレ稼ぎの「ネット驚き屋」と変わりません。自称専門家はインプレを増やし、講演会やネット記事の依頼を集めないとたちまち立ちいかなくなるので仕方がないので同情します。一方、いわゆる「この人の動向を知ればその領域の全容が分かる」に該当する方は静観をしている(取材等を受けていない)ので、安心するとともに、まだよくわかっていない状態です。そのため、今回の件は、詳細が分かるまでは何も言えないのが適切な判断です。さて、今回は、まったく別の視点で、社会的に責任のある方の家族が同様の事例があった場合、またはあわないようにどうするか?という方策を提示します。
家庭内暴力という言葉を聞くと、多くの人は、夫婦、親子、きょうだいなど、家の中で起きた個人的な問題を想像します。たしかに、家庭内暴力は最も私的な場所で起こります。外から見える情報は限られています。報道で示されるのは一部であり、SNSで語られる内容はさらに断片的です。家庭の中で何年も積み重なってきた関係、感情、依存、怒り、不安、経済的事情までは、外部の人間には簡単にわかりません。したがって、繰り返しますが、個別の事案について、外部の人間が安易に断定することは慎むべきですし、まったく現場の実情を知らない、現場に出たことのない方々が、理想論で教育論や子育て論を述べていることについてもコメントしません。そのような不適当な言論は「ネットニュース」に任せ、実際に家庭内暴力についてそれらとは別の視点で記載したいと思います。
まず、家庭内暴力を「家庭の中のこと」とだけ考えることは、社会的責任・社会的地位にある人の場合はありえません。ここでいう社会的責任を持つ人とは、単に有名人という意味ではありません。政治家、経営者、医師、教員、スポーツ選手や監督、自治体幹部、組織の責任者、地域で影響力を持つ人など、その言動が本人だけでなく多くの人の生活や判断に影響する立場の人を指します。
こうした人たちにとって、家庭内の問題は家庭内だけでは終わりません。暴力があった、あるいは暴力が疑われたという情報が、報道機関、SNSなどに伝わると、問題は一気に社会化します。本人の職務、役職、契約、信用、収入、家族の生活、子どもの学校生活、組織の評判にまで影響します。家庭内暴力は、家庭の危機であると同時に、社会的信用の危機でもあるのです。
その意味で、社会的責任を持つ人は、自分の家庭を完全な私的領域として扱うことはできません。家庭のすべてを社会にさらす必要はありません。家族には私生活があります。子どもには守られるべき領域があります。配偶者にも人格と尊厳があります。しかし、家庭内で暴力や支配が生じると、その私的領域は一気に公的な問題になります。被害者の安全、加害者の責任、子どもの保護、公的機関の介入、職場の対応、報道の倫理、社会的信用の問題が同時に発生するからです。そして渦中の当事者と家庭は制御できません。
この後は、
2 逮捕と有罪は違うが、社会的制裁は先に始まる
3 制度は必要だが、制度だけでは家庭を守れない
4 社会的責任を持つ家庭の自主防衛とは何か
5 おわりに:これから必要になる考え方
参考資料
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