子どもの声は、なぜ握りつぶされたのかー辺野古ボート事故と「沈黙する」子どもアドボカシー
はじめに──なぜ私はこれを「事故」で終わらせないのか
2025年度の同志社国際高校の沖縄研修旅行で、辺野古沖の抗議ボート2隻が相次いで転覆し、生徒と船長の2名が亡くなり、生徒17名が死傷しました。私は当初から、この件を「事故」ではなく「事件」と呼んできました。理由は単純です。平和教育で人が死ぬことは、本来ありえないからです。18歳未満の子どもを預かる学校行事で、しかも「平和」を掲げた学習で、命が失われるのです。それは平和教育の範疇の外にある出来事であって、教育の名を借りた別の何かが起きたと考えるほかありません。
2026年7月31日、学校法人同志社の特別調査委員会が調査報告書を公表しました(特別調査委員会, 2026)。私は子ども領域専門とする研究者として、この218頁に及ぶ報告書を全文精読し、そこに記された事実関係と原因分析の一つひとつを、報道やSNSの断片ではなく、報告書という一次資料に立ち返って検証しました。以下に述べる事実は、私の印象や伝聞ではなく、この報告書の記載に依拠しています。読み進めると、親の一人としては胸が締めつけられ、研究者としては慄然とします。そこには、これまでの報道をはるかに上回る杜撰さと、子どもの声がいかにないがしろにされたかが、淡々と、しかし容赦なく記録されていました。本論は、この報告書を一次資料として、二つの問いを立てます。第一に、なぜ子どもの「行きたくない」は握りつぶされたのか。第二に、子どもの声を聴くことを使命に掲げる「子どもアドボカシー」の団体は、なぜこの件で沈黙しているのか。この二つは、根の部分でつながっています。
1. 何が起きたのか──辺野古の海で失われた命
まず、事実を確認します。2026年3月16日、同志社国際高校の沖縄研修旅行3日目、「Fコース 辺野古をボートに乗り海から見るコース」の最中に、18名が乗った「不屈」「平和丸」の2隻のボートが、辺野古沖で相次いで転覆しました。平和丸に乗っていた武石知華さんと、不屈の船長であった男性の2名が亡くなり、他の生徒17名のうち16名が負傷しました(特別調査委員会, 2026)。修学旅行中の高校生が命を落とすという、あってはならない事態です。
このボートは、観光船ではありません。辺野古の新基地建設に反対する市民団体「ヘリ基地反対協議会」の海上行動に用いられている抗議船であり、学校は旅行会社を通さず、船長個人に直接依頼してこのコースを実施していました(特別調査委員会, 2026)。つまり、生徒たちは、大人の政治的な抗議活動の現場に、抗議船に乗せられる形で送り込まれていたのです。2022年度に始まったこのコースの映像を見れば、海上保安庁の警備船に並走される小型ボートに生徒が乗せられている様子が確認でき、不安を覚えるのは自然なことでしょう。実際に偉そうな方々は、この抗議船ではなく抗議船より安全な設備があると推定されるグラスボートに乗って海上に出ている事実があります。
事故発生から現在に至るまで、学校、校長、関与した教職員、そして生徒を抗議船に乗せた受入れ側の団体から、誠実な謝罪とその責任にみあう補償が十分になされたとは、私には見えません。まず問われるべきは、政治的中立性でも平和教育の是非でもありません。その手前にある、子どもの命を守る安全管理と危機管理です。私は事故直後から一貫してそう述べてきました。そして報告書は、その危機管理が、想像を絶する水準で欠落していたことを裏づけました。
2. 報告書が照らした事実──子どもは「行きたくない」と声を上げていた
報告書のなかで、私が最も胸を突かれたのは、子どもたちが確かに声を上げていた、という事実です。
コース選択にあたり、当初「綺麗な海が見たい」と考えて辺野古ボートコースを選んだ生徒が少なくありませんでした。担当教諭は、それが基地建設と抗議活動の「現場」を見るコースだと説明したうえで、変更を希望する者は「メモを担当教諭に直接渡す」よう求めました(特別調査委員会, 2026)。実態を知らされた生徒の反応は明確でした。最終的に、当初このコースを選んでいた生徒51名全員から、変更の希望が出されたのです(特別調査委員会, 2026)。
しかし、学校が変更を認めたのは、抽選で選ばれた14名だけでした。残り37名は、望まぬまま乗船させられました。亡くなった武石知華さんも、二人一組で変更用紙を提出しながら、抽選に外れ、当初の申込みどおり辺野古ボートコースに参加することになりました(特別調査委員会, 2026)。子どもが「変えたい」とはっきり意思表示していたのに、抽選という名の手続きが、その声を打ち消したのです。しかも、遺族が娘のこの変更希望を知ったのは、事故から長い時間が経ったのち、この報告書によってでした。
考えてみてください。51人全員が「変えたい」と言ったのです。それは、子どもたちが危険を察知していたことの、何よりの証拠ではないでしょうか。前年度の参加者もそうでした。2022年度にこのコースに参加した生徒の感想文には、ボートが想像より小型で揺れが大きかったこと、海上保安庁が委託した警備船に並走され「離れるように」とアナウンスされて恐怖を感じたことが、はっきりと書かれていました。複数の教員が、この感想文を確認していました(特別調査委員会, 2026)。子どもは書いていました。子どもは言っていました。大人が、聞かなかったのです。