タブレット学習は誰のためか?1人1台の成果と見過ごされたリスクを検証する
はじめに
「タブレットは、ほんまに廃止にしてほしい」
SNSで見たある保護者の、疲れ切った一言です。学校から持ち帰った端末を子どもが学習以外に使う。そのたびに注意し、家庭のルールを決め、抜け穴が見つかればまた話し合う。こうした負担は、端末の導入効果を語る資料には、なかなか数字として現れません。
最初に、対象を明確にしておきます。本論で主に論じるのは「デジタル教科書」そのものではありません。調べ学習、探究、撮影、ドリル、連絡、共同編集などに使われる、一人一台の学習用端末です。デジタル教科書と学習用端末は重なる部分もありますが、同じものではありません。
私は児童福祉やデータサイエンスを専門とする研究者として、この政策を危ういと感じてきました。問題は、PCを使うこと自体ではありません。全国規模で子どもの生活に入れる以上、利益だけでなく、注意、健康、家庭生活、いじめ、性被害、格差への影響まで、導入前に見積もり、導入後も測り続けるべきだったということです。
ここで先に結論を述べます。現在の研究から、「タブレットを使えば必ず学力が下がる」とまでは言えません。反対に、「一人一台にすれば学びが自動的によくなる」とも言えません。だからこそ、政策を推進した側には、どの条件なら利益がリスクを上回るのかを示す責任があります。
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- 1. 「海外は全面撤退した」のか――ノルウェーとスウェーデンから学ぶこと
- 2. 弊害①画面は本人だけでなく、周囲の注意も奪う
- 3. 弊害②学校の端末が家庭のルールを崩壊させる
- 4. 弊害③いじめと性被害に悪用される危険
- 5. 日本では本当に「検証がなかった」のか
- 6. 誰が説明責任を負うのか
- おわりに―「推進か廃止か」ではなく、検証して引き返せる仕組みを
- 参考論文
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