援助者に向いているのは、どんな人か?―自分を知り、自分を守るという専門性
はじめに
最近、私は、つらい経験をしてきた当事者の方には、できることならば支援者になるよりも、自分自身の楽しい人生を歩んでほしい、という趣旨の発信をXでしました。すると、「では、援助者に向いているのは、どのような人なのでしょうか」と質問をいただきました。
援助者も、生活している一人の人間です。子どもから暴言や脅し、暴力を受け、傷つくこともあります。それだけではなく、自分の過去の経験に苦しむこともあれば、仕事以外の事情で余裕を失うこともあります。その中で、自分をどう守るのか。児童養護施設の二つの事例から考えてみたいと思います。
1 なぜ、あの大学生の周りに子どもが集まったのか?
福祉を専攻していない学生がやってきた
ある児童養護施設に、アルバイトを希望する大学生がやってきました。通っている大学には福祉系の学部もなく、それまで児童福祉に関わってきた経験もほとんどありませんでした。
その施設に来る学生は、社会福祉を学び、実習やボランティアを通してこの仕事を志している人が多かったそうです。そのため職員は、どうしてこの学生が応募してきたのだろうと思いました。就職活動に使ういわゆる「ガクチカ」なのではないか、と考えた職員もいたようです。
ところが応募の理由を聞くと、SNS等で施設の子どもたちのことを知り、自分がそこにいることで何か役に立てることがあるのではないかと思った、と言うのです。かわいそうな子どもを救いたい、という気負いがありません。自分にもできることがあるかもしれない。その自然体なところが、職員の印象に残りました。
その施設では、新しく来た職員などに子どもたちが厳しく当たることがありました。いわゆる新人いじめのようなことを子どもたちがするのです。かつて多くの施設ではこのようなことが起こっていましたが、この施設ではその名残がありました。この学生も、話しかけても無視されたり、厳しい言葉を向けられたりしました。物を隠されたり、ほかの職員が自分の悪口を言っていると伝えられたり、子どもたちから嫌いだと言われたりすることもありました。それでも学生は、あまり振り回される様子を見せず、任された仕事を続けました。子どもたちには、相変わらずにこにこと接していました。
そうしているうちに、学生の周りに子どもが集まるようになったのです。笑顔を見せ、自分から近寄って話しかける。人との関わりに難しさを抱えている子どもも、この学生には近づいていきました。社会福祉を専門に学ぶ以前に、子どもが関わりたいと思う大人になっていたわけです。
私は、このひょうひょうとしたというかその落ち着きに注目しました。子どもに何か見返りなどを求めるのでもなく、淡々と今日も同じように接してくれる。子どもからすれば、そういう大人は近づきやすいのではないでしょうか。学生の生い立ちまでは分かりませんが、少なくとも、この場で子どもと関わる余裕があったことは伝わってきます。それは激しい罵声を浴びた後でも、子ども同士で取っ組み合いのけんかをして施設がざわざわした後でも、学生の接し方は変わらなかったのです。
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- 2 子どもにとって「安定した大人」とは、どんな存在か?
- 3 援助者自身の傷つきと、どう向き合えばよいのか?
- 4 自分を守りながら、援助を続けられるか?
- 引用文献
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