『子どもと母親の生活を支配する強圧的コントロール』を児童福祉の立場から読む
はじめに
エマ・カッツの『子どもと母親の生活を支配する強圧的コントロール』を、様々な方のご厚意によって読む機会をいただきました。原著は2022年に刊行され、日本語版は明石聡子先生の翻訳で、近々、明石書店から出版されます。今回はこの本を紹介したいのですが、よい本でした、皆さんも読んでください、という書評だけでは、私がこのtheLetterで書く意味はあまりないと思っています。社会福祉、なかでも児童福祉を研究する立場から読むと、どうしても立ち止まるところがありましたし、その戸惑いを考えていくことで、かえって本書の力がよく見えてきたからです。
先にお伝えすると、私は、被害を受けた母子の生活を立て直すために、ここまで力強く支援のあり方を考え続ける本書に、非常に感銘を受けました。ただし、それは読み始めに感じた疑問がすべてなくなったということではありません。本書がどこから出発しているのか、そして私がどこから読んでいたのか。その違いを明確にしたうえで、なお心を動かされた理由を書いておきたいのです。研究の立場が違うからこそ厳しく言うこともあれば、その立場から見続けた人の仕事だからこそ、深く学べることもあるのだと思います。
母子から出発する本書と子どもから親を考える
まず、本書に表れているDV研究のアプローチと、私が立つ児童福祉のアプローチは、出発点が異なります。本書の中心にいるのは、父親・男性パートナーから強圧的な支配を受けた母親と子どもです。その母子が何を奪われ、支配のもとでどのように暮らし、そこから離れた後にどう回復していくのかを、母子の経験に即して考えていく。被害を受けた母親と子どもを支援するという対象と目的が、研究の中心に据えられているわけです。この対象を定め、長く目を向け続けたことが、本書の強さにつながっています。
一方、私が児童福祉の立場からまず考えるのは、この子どもが安全に暮らし、豊かに育っていくために、親や周囲の大人はどう関わるべきかということです。子どもの側から親を考えるのであって、最初から母子を一つの支援単位として、その関係の回復を目標にするとは限りません。母親との暮らしがその子を支えている場合もあれば、父親との関係に支えがある場合もあり、どちらの親とも距離を取る必要がある場合もあります。母親がDVの被害を受けているという事実を重く受け止めながら、その子が母親との関係でも苦しんでいないかを確かめることは、児童福祉では避けて通れない問いなのです。
本書は、DVを大人同士の問題としてだけ捉えず、子ども自身の生活がどれほど支配されているかを丁寧に見ており、この点を高く評価しています。それでも、被害を受けた母子の経験から関係の回復を考えることと、子どもの生活を起点に養育者との関係を一つずつ検討することでは、問う順序も、検討する選択肢も異なるのです。もちろんDV研究にも児童福祉にも多様な立場がありますが、少なくとも本書と私の読み方の間には、この違いがありました。私が当初感じた戸惑いは、母子の回復を一貫して考える著者に対し、「その子どもにとって母親との関係はどうなのか?」という別の問いを、私が重ねながら読んでいたことにあります。
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